入れ歯の歴史!!
皆さん、こんにちは。奈良県北葛城郡上牧町かつらぎ歯科医院 歯医者のめがねザルです。
本日も夢に向かって、全力で生きます!!
医療を良くする!!歯科医院から JOY を造ります!!
そして皆で、いい歯科医院つくりましょう。
最幸についてますよ。
(かつらぎ歯科医院では只今歯科衛生士を募集中です。)
皆さん、歯科の中で最も難しく基本でもある分野とは何か、ご存知でしょうか?
それは「義歯」入れ歯です!!
なぜなら、入れ歯(人工物)とはお口で最も大きい人工物であり、それを生体の臓器と同様の働きをさせることは、本来至難のことなのです。この分野は、ある意味職人であり生体を理解できないとできない医師の部分も兼ね備えられている。
義手や義肢の製作が難しい、由縁でもあります。
人工的なものを自然にいつまでも自分の一部に出来ることは、技術者のある意味夢でもあります。
義歯の名人と呼ばれる先達者は、咬合ということや経時的変化、口腔内の解剖学というものを身をもって知っていたのです。
今、新しい分野「インプラント」という技術に押され、義歯がなおざりになってきていますが、今こそ基本に立ち戻った治療が必要とされます。義歯でも十分クオリティーライフを保たれるケースもあり、しかもお体の状態も考えながら義歯で上手くバランスを取るケースも高齢者では必要になるからです。
しかも、原理原則者であるめがねザルが、義歯で最も気に入っているのは、その歴史があるということです。
1.古代エジプトの入れ歯
エジプトには,紀元前五世紀頃、歯科専門医(ヘシ・レ 歯を癒す医師の司)がいたことが記録に残っているが、これ以前、紀元前二五〇〇年頃のものと推定される義歯らしきものがギザの墓場から一九一四年に発掘されている。現存する世界最古の補綴物である。
2.佛姫の入れ歯
さて、日本では一九二五(大正一四)年、高橋正之氏によって宮崎県兒湯郡の古墳から青黄色蝋石製の二歯を彫刻したもの、また一九三一(昭和六)年、堀講蔵氏によって富山県氷見郡の畑から四歯を彫刻した緑色蝋石製の義歯が発掘された。
この付近には弥生式土器の破片があったので弥生期のものらしいという。この蝋石製の義歯からすれば、わが国の義歯の歴史も大変古いことが知れる。
この他、わが国に現存する最も古い義歯は、一九七八年石井保雄氏によって発見報告された和歌山市成願寺の尼僧佛姫(俗名中岡テイ、一五三八年没)の木床一木造りの上顎総義歯である。また、大阪海老江の住人、羽間弥次兵衛浄心(一六七三年没)、柳生飛騨守宗冬(一六七三年没)などの使用した上下顎総義歯など使用者の名の知られているものだけで十数個あり、使用者不明のものも入れると二〇〇個ぐらい現存している。これらの特徴は、時として蝋石製のものもあるが、ほとんどの材料が木材(黄楊)であること、その形態と機能は現代の総義歯とほとんど同じで、実用性のあること、さらに総義歯の維持法が接着(吸着)にあることである。
歴史を学べば昔の開拓者たちがどのように感じたか、どのように行ってきたかを知ることができます。
どんなことでも歴史とは、本質を知る近道にもなりますね!!